anehako’s diary

ノート代わりの下手な駄文を書き連ねています。書き替えも頻りで、

ほむら

ほむら 

 

 彼との逢瀬はいつも夢のように過ぎ去ってしまう。密(みそ)かごとには違いはないが、あんなにも会いたくて待ち遠しかった、喜びの頂に向かって待ち焦がれる長い煩悶の日々が、たった一夜で跡形もなく流れ去り、こうしてまた、けして実ることのない未来に向かって引きずられていく、そのやるせなさと罪の意識に、私は重く沈んだままでいた。こんなことのくり返しが、この先、いったいいつまで続いていくのだろう、息苦しさにふとわれに返った胸元には、冷たい汗が滲んでいた。

 池袋で乗った帰りの電車は蒸せるように混んでいた。私の肩を押す隣に座った男の背広に、煙草の匂いが微かに残っていた。いつもは嫌なこの煙の匂いが、今日は少しも不快には感じられなかった。むしろ、今しがた別れたばかりの男の首筋に薫っていた、この同じ匂いを愛しく思った。

 目をつぶると、男の荒い稜線を刻んだ逞しいシュルエットが浮かんできた。からだの奥の襞の陰りから、あの快楽の激しいほむらがふたたび蘇ってきた。それは遠ざかりつつある遠雷のように、遥かかなたの遠方で小さくまたたいたかと思うと、たちまち低くくもった雷鳴が追いつき、鋭く私の肢肉を捉えた。そして、その瑠璃色の稲光が闇を遠く走るたびに、火照るこの指先が微かに震えた。

 夕食の仕度が待っていた。車窓の外を流れて行く家々に灯がともり始めていた。その中の一つに、私の帰りを待つ翳りのない同じともしびもあった。踏み切りにさしかかり電車が急に速度を落とした。そのはずみに組んでいた私の膝が揺れてほどけた。スカートの中の内腿を、彼の愛しく温かいものが流れ伝って落ちてきた。もうすでに後戻りはできなかった。しかし、後悔もまた不思議となかった。