anehako’s diary

ノート代わりの下手な駄文を書き連ねています。書き替えも頻りで、

入江氏

建築家の入江経一氏が亡くなられた。逗子の自宅に、友人のとしべぇ氏とお伺いしたとき、御自身で改修さたこの居間でお話しをした。暑い日だったのに、逗子の駅まで車で迎えに来てくださった。その後、何度か介護施設にもお見舞いに行った。

 御自身のマルチな才能を褒められることをすごく嫌がっていたが、私にはまさに偏見のない本物のアーティストそのものの方であった。自らが美しいものを生み出す人なのに、その美しいもの自体が何かを考えることにはまったく意味がないとおっしゃっていた。というか、私にはそのことを彼が憎んでさえいるように思えた。心よりご冥福をお祈りいたします。f:id:anehako:20260804180048j:image

酔言  154

お客さまは神様

水道橋駅前の都会の喧騒からの遮へい板のように立ち並ぶ小汚い雑居ビルの入り口を、窮屈なエレベーターで一気に5階まで駆け昇ると、中国人のアルバイトが陽気な声で客を迎えてくれる大衆呑み屋があった。

 仕事帰りのサラリーマンがひょいと立ち寄って、一日の疲れを一杯のグラスで癒すのに、ちょうどほどよい居酒屋でもあった。ひと品(しな)のつまみはどれも小銭で足り、しかも気どらない雰囲気のせいか、店はいつもほどほどに客が入って活気があった。

 閑散とした呑み屋は、呑んでいてもかえってこちらが滅入ってしまうところがある。大衆酒場の閑寂は酔いが回れば、世の中からうち捨てられたような鬱屈にとらわれる者もいる。反対にほって置かれた適度な賑わいがいい。その気やすさがまた客の足を何度も店に運ばせていた。そういうこの私も仕事帰りの常連客の一人であった。

その日、私はコの字型のカウンターの端に座って呑んでいた。そこはいつも決まって私の座る場所であり、店員に余計な気兼ねをすることもなく、しかも店内の見晴らしがよかった。枡で飲む冷酒と、朝から派遣で行った近くのホテルの皿洗いで、溜まった澱(おり)のような疲れがゆっくりと効いてきて、いつの間にかカウンターの席でうとうととしてしまった。

 しばらくして後方の入り口近くがざわついているのに気がついて目が覚めた。作業服を着た労務者風の中年男二人が、店長に大声で難癖をつけているのが耳に聞こえてきた。そうするうちに小競り合う彼らの甲高い罵声ではっきりと目が覚めてしまった。私といえば江戸っ子じゃないが、昔から火事と喧嘩は銭を払ってでも見たい性分である。しだいに私の耳は冴えて来た。

「お前、このガラスコップの汚れはどういうつもりなんだ、客に対してあるまじき態度だろう。この店の方針はどうなっているんだ!」 遠くで聞いていると、労働者風のこの男は一見もっともらしいことを、しかも手慣れた風に喋っている。向かいに座る相棒の男も盛んに相槌を打って加勢している。

 私は聞きながらいらいらしてきた。今時、こんな大衆酒場で芝居じみたこけ脅しのようなことをまだやっている人間がいるのが寧ろ不思議なぐらいだった。テーブルの脇で平謝りの店長を、彼らが難癖をつけて追い込もうとしているは誰が見ても容易にわかった。

 奴ら、酒も入って威勢がいい。したり顔の大きな声で怒鳴っている。隣のテーブル客はどうなることかと目を見開いてじっと固まっていた。まるで松下幸之助風の気の利いたもっともらしい言葉と、ヤクザの節回しが合体したような勢いだった。しかしよく見ればどうも財布の中身は寂しそうだ。ますます怪しい奴らだ。それでもこの日本では客はあくまで神様なのだ。
 
若い中国人ウエイトレスに注文を無視されたのも気にくわないらしい。こうなっちゃ、店から取れるとこまで取ってやろう、そんな気配が彼らにはっきりと見え始めたころ、突然、今まで低姿勢だった若い店長が、毅然として彼らに言い放った。「お客様、たしかにグラスが汚れていたのはこちらのミスですし、その事で不愉快な思いをさせたことについては謝ります。しかしそのグラスを口にしたら死ぬかもしれないという貴方の言葉は、まったくの行き過ぎじゃないでしょうか?そんなこと、常識じゃ通用しませんよ」 

 ひ弱そうな店長のこの思いがけない反撃に、彼らは少々たじろいた様子だった。私もこれ以上ひどくなれば、彼らに一言言ってやろうと身構えていたところ、この意外な展開に驚いた。「お前、客に対してそんな態度とっていいのか? 原因はどちらにあると思っているんだよ、お前の方にあるんだぞ、おいこらぁ」その男の凄む言葉に、手慣れた口調を私は感じていた。

「そのことについては、最初から非は私どもにあると謝っているではないですか。今後、店員の教育も徹底します。しかしグラスを口にして死ぬというのは、有り得ないことであり、その言葉は私も許せません」 まだ四十前後であろうどこか学生の面影が残るこの小柄な店長が、六十代半ばの労働者風のむさくるしい男達相手に、手を大きく広げて、目を見開いた怖い顔で反論している。

 「お代は要りませんから、直ぐに引きとってください、さもないと警察を呼びます!」 吼えまくっていたスピッツが、急にご主人様に叱られてすごすごと犬小屋に戻るように、この店長の迫力に押された彼らは、こんなはずじゃなかったというような顔をしながら、捨てぜりふを残して席を立っていった。

彼らが結局、ただ飲み食いに成功したことには違いないのだが、酔いのまどろみから揺り起こされて、偶然目にした一幕の展開と、この若い店長の勇気に、私はしばらく呑むのも忘れて、胸が熱くなっていた。やはり、客は神様なのだろうか?

酔言  153

義母が死んで3年になるだろうか。老衰で死んだことにはなっているが、結局はコロナだった。たくさんの方が亡くなった。しかし、あの大騒ぎもいつの間にか忘れ去られていく。25年同居した義母との記憶も遠くなっていく。すでに一緒に住んでいた家に私たちはいない。

「同居の義母、ちーちゃんこと千鳥さんは95才になる。最近、家で朝早く私が起きると、廊下のフローリングに大小便が点々と落ちていて、朝一番にその点検と後片付けから私の一日が始まる。ちーちゃんは紙おむつをはいて寝ることをとても嫌がるので、そういうことになっている。厄介な毎朝である。

 それでも、まだ不思議とベッドは汚したことがないので、床からトイレに行くまでにきっとからだの力が緩んで、おもわず漏らしてしまうのだろう。まあ、明日は我が身だからしょうがない、すっかり慣れてしまったようだ。こういうときには、私がやっている病院のトイレ詰まりの仕事も役に立つもんだ、と思う。

朝は、今日は何日かと何度も聞くのでそのつど教えるのだが、すぐに忘れてしまう。そしてまた聞き返してくる。しょうがないので、今日は大日本帝国海軍が真珠湾攻撃をした日だよ、と教えたら、そのあと何も言わなくなった。わかったのだろうか?終戦のときは日赤の看護師だった。

  私が毎日、夕食の皿洗いやゴミ出しをしていると、申しわけないね、ありがとうと時々言ってくるが、私はそうしたやり取りにはめんどくさく、ほとんど相手をせずに無視をする。自分のやりたいことをやっているだけだ。ちーちゃんはどう思っているのだろう。

昔は、男が台所に立ってはいけない、洗濯などしてはいけないと、私の好きなことにこちらが腹がたつぐらい言ってきたものだ。戦前生まれの人との価値観の違いかもしれない。それでも歳のせいか、今は何も言わなくなった。

 私自身はこんなにも長寿には生きられないと思っているし、ちーちゃんは頑固でわがままな自己中だが、それは彼女を通して、結局は私自身を見ているのだろうと最近は思うようになった。きっと似たもの同士なのだろう。よく見えるのだ。

 そして、この彼女のような自己自身完結型の生き方は、私はそれほど望んでいるわけではないが、ストレスをためずに人が長寿を望むのなら、世間で言われるほど間違えたことではないのかもしれないと、ふと思うことがある。

ちーちゃんは朝夕、自分の部屋の先祖の霊に、小さな背中を丸めて、一生懸命に祈っている。そんな時、私は邪魔をするのが嫌だから、気づかれないようにすぐにその場を離れる。何を祈っているのかはもちろん知らない。一生懸命である。鰯の頭も信心からと言うが、そのあたりは私にはよく分からない。

 それでも、ちーちゃんの終わりの日まで、同居してこうした彼女の大切な場所をつくってあげられることに、こちらもほっとすることがあるのだ。人がゆっくりと朽ちていくのを傍らにいてそっと見守ることは、私のような者でもできることである。ほんの小さなことではあるが、距離をもちながらも、私がやれることの一つではないかと思っている。」

酔言  152

筑波の林に足を踏み入れると、風がさやかに吹いていた。こんなにもはっきりとした風の音を、随分と長い間耳にしていなかったような気がする。筑波おろしにはまだ少し早いが、冷たい風は背後からすぐに私に追いついて、そのまま古道を駆け抜けていった。地面は落ち葉に埋もれ、梢では鳥がかまびすしく鳴いている。さえずりは地に木魂し、どんぐりの実が林の道にいっぱい転がり落ちていた。

 最先端の研究所の建物が樹々の間に見え隠れしていた。私はそこへ続く、ゆるやかな勾配のある道を歩いていた。この起伏には遥かに遠い過去の人の思いがまだ漂っているような気がした。そして足もとのどんぐりを見つめながら、私と同じようにやはりこの道を歩いただろう縄文人の姿が目に浮かんできた。

 縄文と現代の私が、この艶やかに光る木の実を通して感応しあっているようにも思えた。よく見ると、どんぐりのそれぞれの小さな実が割れて、梢から洩れる秋の日差しがその中で熟しているようだった。浄福の時が裂け目から溢れ出ていた。どんぐりを粉状にして喰んだ縄文人も、こうしてこの実に差し込む秋の陽を見つめていたに違いなく、彼らの息づかいが近くに聞こえたような気がした。

 先日、産総研の燃焼爆発研究施設を見学してきた。実験装置が山と積まれた、暗く狭い部屋に案内された。若い研究生がパソコンに向き合って画像解析をしている。無数の配線につながれた金属製の装置は、まるでSF映画にでてくる異次元移送装置のようだった。初老の教授が私たちを案内してくれた。燃焼作用や燃料の分子構造を説明してくれたが、私はその内容をほとんど理解しなかった。

 そんな専門家の説明より、暗幕に窓を覆われたこの狭い研究室の中で、彼が過ごした単調反復の長い時間を想像しながら、私にはとてもできないことだと、妙に感動を覚えていた。この場所で、一点への集中力を持続させる長い時間は、彼の中の何に支えられていたのか、私の興味はそこへ重なっていった。

 思いの深さ。何ごとも最後はこれに尽きるのではないか。これがないとただの習慣の自動人形に成り下がる。思いの深さはこの人形にとってはあってもなくともどちらでもいいのである。しかし、この単調反復を維持するのは、探求への彼の思いの深さがあるからなのだろうか。

 習慣に大切なのは安定して稼働する潤滑油である。ではその潤滑油とは何か、それは外乱のない安定のことであろう。安定した生活を維持する金銭であろうか。しかしこの研究室はそうした外乱や世間からも完璧に制御されているように見えた。

 我々はこの不透明で説明のつかない思いの深さという根っこが無いと、よしや思い立ってもなかなか長くは続かないものだ。とかく私の思いは浅いから、すぐに座礁してその時々の私の位置も分からなくなってしまうことが多い。

 

酔言  151

平均すると週に一回ほどになるだろうか、ひょんなことから職業訓練校で教えるようになって、いつの間にか10年になってしまった。八王子校、府中校、飯田橋の仕事センター校、多摩センター校に顔を出している。幸運にも、普通ではなかなか経験できない、たくさんの職を求める皆さんとの出会いがある。

 それでも丸一日、8時間喋り続けることは実はそうとうにきつい。声を出すことに必要なエネルギーがこんなにも大きいとは思ってもいなかった。まして地声でマイクがないような教室ではついサービス精神が働き、教室の後ろまで声が届くようにと、知らず知らずのうちに大声を出しているのだろう。

 

 また、教壇での沈黙をどこまで講師の力となせるか。その沈黙に自分が真っ先に負けると、終わりの頃は吐く息が勝って酸欠でふらふらになっているときがある。だから今はマイクは放せない。

 今喋っていることが次にどう話に繋がって展開していくか、これを同時に考えながら話している自分がいる。生徒の反応も気になる。腹が立つぐらいの無反応もある。そうしたときはあえて主題から話題をずらして様子を見る。この商売、結局、聞いてもらってなんぼのところがある。恋人に囁くように、道を歩きながら独り言を洩らすように声を出すわけにはいかないのだ。

 何事も繰り返し行えば慣れてくる。最初は無理だと思っていても、気がつくと生徒を前にしてあがることもなく、いっ端の講師づらをして黒板を背に話しをしている私がいる。生徒の顔が恐怖に見えることももはやない。人間とはどんなことにも慣れてしまう動物とはよく言ったものだ。

 今日一日、何を喋るか、もちろん講義の範囲はカリキュラムに最低限決められていて、そこは外せないものがあるが、あとは講師の特権で、地方公務員法で規制されている政治的なことや差別的な話題を除けば自由に話せる。それが講義内容に関わることなら、尚更自由になるというわけだ。

 私の場合は、ほぼ当日まで何を喋るか決めていない。出たとこ勝負で、朝にシャワーをしているときに大概思いつく。頭を刺激しているからなのだろうか、シャンプーで頭を掻いていると映像がふっと浮かんでくる。これで喋ることの方向が決まる。そうなれば、あとは自然にその日の話すことが次々と湧いてくる。

 教科書の内容は10年も経てば覚えてしまって、手元になくとも支障はない。訓練校ではむずかしいことを話すわけではないのだ。そして生徒は皆、この分野では初心者だから、こちらの言うことに批判する者もそうはいない(たまには大胆にも講師に挑戦してくる輩がいる。それはそれでまた刺激がある)。

 なによりこちらは現役の設備員で、日々の保守作業に悪戦苦闘している身だから、リアルタイムの実務の話題を幾らでも出せる。引き出しはいっぱいある。都立病院の保守管理は要求が厳しく、しかも技術的にも時間的にも水準が高いところがある。

 全面的に建物改装してから15年、建物や設備の経年劣化も進み、私の病院でも機械故障や設備の更新問題が頻発している。いわゆる故障率を表しているバスタブ曲線の後半部分を駆け上がっているところだ。保守業務の沸騰状態である。そう考えるとおそらく、訓練校は私の小さな救いなのであろう。

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酔言  150

とある私鉄の駅前でキリスト風の髪型をした美しい若者に道を尋ねたことがあった。キリスト風と書いたが、ただ彼の髪がボサボサだっただけかもしれない。私のいつもの悪い癖で、人も物も怪異な風情に憑かれる。そして、できることならそうした不可思議を自分に納得させるために、私を無にしてあえて無駄をこころみる。若いときにはさらさらなかった。

 「近くに駅前図書館があると聞いたんだけど、ご存知? 」ほんとは知っていたが、私には何か語りかけるきっかけさえあればそれでよかった。突然の見知らぬ私の問いに「言葉では説明が難しいよ」としかめ面の彼。その美しい顔には似合わない。 「じゃあ方角だけでも知っている?」私はしつこいかと思いながらもさらに聞いてみた。「思い出せないんだよ」と、ぶっきらぼうに言い残して、彼は私から離れていった。何か不機嫌にさせたかと少し申しわけなく思いながら、彼の後ろ姿をしばらく見つめていた。

 見知らぬ人に突然、道を聞かれて快く答えるのは案外むずかしい。聞かれたその場所を知っていても知らなくてもだ。それでも、もしたった一言の「知らないよ」で、余計なお世話だが、人生充分楽になるのにと、美しいキリスト風の青年の後ろ姿を見ながら、私はそのときふと思った。

 すぐ目の先の民家の甍のすぐ上に、大きな図書館の一風変わった空に駆け上がる縹色(はなだ)の屋根が見えていた。抜けるような青空との境目ははっきりとは分からなかった。なんのこだわりもそこにはないようだった。

酔言  149

酔言  149

 新大久保駅に近い小さな喫茶店で珈琲を飲んでいる。大久保の訓練校が終わりその帰りの途中、夕暮れどきの店内は外の雑踏にくらべて嘘のようにひっそりとしている。入口にあるガラス扉の向こうの歩道を傘を刺した若い女の子たちがたくさん歩いているのが見えている。

 小雨が降ってきたようだ。一瞬、彼女たちの表情に戸惑いが走り、前後にその列を乱したように見えたが、K-popや韓流好きなのだろう、あいにくのお天気なのに彼女たちに屈託はない。飛び跳ねる傘のしずくにも楽しそうだった。

 室内を見回すと隣りのテーブルも、カウンターの中の若い女性店員も皆、韓国系の人に見える。もしかしたら近所の在日の人たちかもしれない。向いのテーブルで二人の女性が手を取り合ってキリスト教の祈りをあげている。韓国語で私には意味は分からないが、時々低く聞こえてくるアーメンとアボジの響きだけは分かった。

 本人が望まなくとも、異郷とされるこの狭い土地に生きていかなければならないその切実さのようなものを、私にはほとんど解せない言葉の抑揚からも感じられるのだ。赤の他人に常にアイデンティティを突きつけられて生きなければならないことはあまりにも理不尽であって、過酷なことに違いない。聞こえくるのは聖書なのだろう、祈りの言葉は静かに室内を満たしていった。

 目の前の職安通りに車が走っている。テールランプが濡れた路面を赤く照らして去っていく。どの街にも変わりない夕暮れどきの風景だが、そこにK-popや韓流アイドルに憧れる女の子たちと、街の地面から立ちのぼる在日の人たちの被差別の歴史や、金銭主義の力強さがここには混在している。通りの向こう側に「両班」の看板の字が夕暮れのネオンで得意げに光っているのに気がついた。

 ここにいても、周囲で話されている言葉がさっぱりわからないのがとても恥ずかしい。こうして最隣国の言葉も知らないことが、もちろんこの私、親の代、その上の代、さらに明治あたりまで遡る我々すべての日本人の罪のような気がしていた。それでもやはり、日本人ばかりの喫茶店よりはずっと落ち着く自分がいる。

 日本社会の枠にいると、私は知らないうちに息が詰まってくるようだ。だから多様な言葉が周りで聴こえてくるのが大好きなのだ。わからなくともいつも知らないうちに、そんな話し声に耳をそばだてている自分に気がつく。こうした場所で私は孤独だが、それだけ本当の自分に立ち戻れるのだ。考えてみれば、いつも私はそうであった。