お客さまは神様
水道橋駅前の都会の喧騒からの遮へい板のように立ち並ぶ小汚い雑居ビルの入り口を、窮屈なエレベーターで一気に5階まで駆け昇ると、中国人のアルバイトが陽気な声で客を迎えてくれる大衆呑み屋があった。
仕事帰りのサラリーマンがひょいと立ち寄って、一日の疲れを一杯のグラスで癒すのに、ちょうどほどよい居酒屋でもあった。ひと品(しな)のつまみはどれも小銭で足り、しかも気どらない雰囲気のせいか、店はいつもほどほどに客が入って活気があった。
閑散とした呑み屋は、呑んでいてもかえってこちらが滅入ってしまうところがある。大衆酒場の閑寂は酔いが回れば、世の中からうち捨てられたような鬱屈にとらわれる者もいる。反対にほって置かれた適度な賑わいがいい。その気やすさがまた客の足を何度も店に運ばせていた。そういうこの私も仕事帰りの常連客の一人であった。
その日、私はコの字型のカウンターの端に座って呑んでいた。そこはいつも決まって私の座る場所であり、店員に余計な気兼ねをすることもなく、しかも店内の見晴らしがよかった。枡で飲む冷酒と、朝から派遣で行った近くのホテルの皿洗いで、溜まった澱(おり)のような疲れがゆっくりと効いてきて、いつの間にかカウンターの席でうとうととしてしまった。
しばらくして後方の入り口近くがざわついているのに気がついて目が覚めた。作業服を着た労務者風の中年男二人が、店長に大声で難癖をつけているのが耳に聞こえてきた。そうするうちに小競り合う彼らの甲高い罵声ではっきりと目が覚めてしまった。私といえば江戸っ子じゃないが、昔から火事と喧嘩は銭を払ってでも見たい性分である。しだいに私の耳は冴えて来た。
「お前、このガラスコップの汚れはどういうつもりなんだ、客に対してあるまじき態度だろう。この店の方針はどうなっているんだ!」 遠くで聞いていると、労働者風のこの男は一見もっともらしいことを、しかも手慣れた風に喋っている。向かいに座る相棒の男も盛んに相槌を打って加勢している。
私は聞きながらいらいらしてきた。今時、こんな大衆酒場で芝居じみたこけ脅しのようなことをまだやっている人間がいるのが寧ろ不思議なぐらいだった。テーブルの脇で平謝りの店長を、彼らが難癖をつけて追い込もうとしているは誰が見ても容易にわかった。
奴ら、酒も入って威勢がいい。したり顔の大きな声で怒鳴っている。隣のテーブル客はどうなることかと目を見開いてじっと固まっていた。まるで松下幸之助風の気の利いたもっともらしい言葉と、ヤクザの節回しが合体したような勢いだった。しかしよく見ればどうも財布の中身は寂しそうだ。ますます怪しい奴らだ。それでもこの日本では客はあくまで神様なのだ。
若い中国人ウエイトレスに注文を無視されたのも気にくわないらしい。こうなっちゃ、店から取れるとこまで取ってやろう、そんな気配が彼らにはっきりと見え始めたころ、突然、今まで低姿勢だった若い店長が、毅然として彼らに言い放った。「お客様、たしかにグラスが汚れていたのはこちらのミスですし、その事で不愉快な思いをさせたことについては謝ります。しかしそのグラスを口にしたら死ぬかもしれないという貴方の言葉は、まったくの行き過ぎじゃないでしょうか?そんなこと、常識じゃ通用しませんよ」
ひ弱そうな店長のこの思いがけない反撃に、彼らは少々たじろいた様子だった。私もこれ以上ひどくなれば、彼らに一言言ってやろうと身構えていたところ、この意外な展開に驚いた。「お前、客に対してそんな態度とっていいのか? 原因はどちらにあると思っているんだよ、お前の方にあるんだぞ、おいこらぁ」その男の凄む言葉に、手慣れた口調を私は感じていた。
「そのことについては、最初から非は私どもにあると謝っているではないですか。今後、店員の教育も徹底します。しかしグラスを口にして死ぬというのは、有り得ないことであり、その言葉は私も許せません」 まだ四十前後であろうどこか学生の面影が残るこの小柄な店長が、六十代半ばの労働者風のむさくるしい男達相手に、手を大きく広げて、目を見開いた怖い顔で反論している。
「お代は要りませんから、直ぐに引きとってください、さもないと警察を呼びます!」 吼えまくっていたスピッツが、急にご主人様に叱られてすごすごと犬小屋に戻るように、この店長の迫力に押された彼らは、こんなはずじゃなかったというような顔をしながら、捨てぜりふを残して席を立っていった。
彼らが結局、ただ飲み食いに成功したことには違いないのだが、酔いのまどろみから揺り起こされて、偶然目にした一幕の展開と、この若い店長の勇気に、私はしばらく呑むのも忘れて、胸が熱くなっていた。やはり、客は神様なのだろうか?