anehako’s diary

ノート代わりの下手な駄文を書き連ねています。書き替えも頻りで、

軌道工の唄(19)

麓に近づくと、匂うはずのないあちこちに花の香りが立ちました。周りを見ても軌道の周囲に杉林が鬱々と連なり、その下藪に咲く可憐で小さな露草の花が所々に見えているだけなのです。ふと、白檀にも似たその香りが、この街で死んだ者達の、魂の放つ香りにも思えてきて、しかしそれは直に鼻先をかすめたのではなく、私の海馬の中から発した幻のようにも思えました。そのままま軌道に佇む私のまぶたの裏に、とりとめもない幻覚が浮かびそうで消えて行きました。

この世とあの世のクロスするところの花の香り、その幻の花はいたる所に現れて、私達に時の自在を与えるようです。過ぎし日は失われたときではなく、それは不在でも幻でもなく、紐のように繋がっており、誰かが曳きさえすればたちまちに現れてくるものなのでしょうか。私達を包み始めた古代紫のほんのりと赤みを帯びた夕闇は、そんな死んだもの達の深い翳りの中の、意識の広がりではないかとさえ思えてきたものです。