anehako’s diary

ノート代わりの下手な駄文を書き連ねています。書き替えも頻りで、

軌道工 27

軌道工 27

桜という樹の、その春爛漫の花びらが一斉に風に靡いて、揺れる木末につむじを巻くころになると、降り積もる落花の淡いは際限もなく、足もとの大地がまた薄紅色の明るさで華やいできます。幾春も、あてもなく歩く先々で、散り急ぐ桜の花びらを見てきましたが、いつもその見上げた花盛りの花冠の茂みに、私の目には茫々たる妖気がゆらゆらと見え隠れしていました。

 さて、その桜の本性がわからないままに、長い年月を忸怩たる思いで過ごしてきました。桜の満開の、花びらのさやけく美しくあればあるほど、山あいに散乱する美の匂い立つれば立つるほど、わたしのまぶたには深い虚空が立ち現れます。この世のものとも思えない美しさは、たしかに私たちと隔絶した違う空間からやって来たものに違いないのです。まるで壁穴を通した透き影を私たちは見ているようです。ならば穴の向こうの世界に実体があるのか、こちらの世界にそれがあるのか私には分かりません。しかし確かに言えることは、桜の魔はその間を自由に出入りできることです。そして桜はうち眺める軌道工の私の気息を、いつも激しく乱すぐらいの力がありました。