anehako’s diary

ノート代わりの下手な駄文を書き連ねています。書き替えも頻りで、

松沢日記 34

松沢日記 34

環水タンク、別名ホットウェルタンクは、送り出した蒸気が各所で熱交換をして、その仕事を終えたあとの凝縮水が配管を通して戻ってくる容器である。気体である蒸気のもつエネルギーは熱交換器、あるいは動力機に放出され、その結果、自らは状態変化してドレンと呼ばれるお湯になって還ってくる。我々はそのドレンを再びボイラー給水として使えば、通過する配管機器にもし漏れがないとして、その閉じた系の中で何度でも使えることになる。ドレンが環水と言われる所以である。

 しかし、現実は蒸気もドレンも漏れがないことはあり得ないので、絶えず埋め合わせの補給水が必要になる。ところで補給水が水道水ではボイラーがすぐに錆びて腐食してしまう。あるいはスケールやスラッジと呼ばれる伝熱を阻害する濃縮物を沸騰蒸発時に生成してしまう。したがって水道水ではなく軟水と言われる処理水を使わなければならない。この軟水は軟水器によって製造する。水道水に含まれる硬性成分であるカルシウムやマグネシウムイオンを除去するための機器である。だから軟水は飲んでも美味くない。純水はさらに無味乾燥で素っ気なく、味がない。

 スケールの熱伝導率は極端に小さく、ボイラーの鉄である炭素鋼の1/100にもなる。すると、ボイラー効率は落ち、さらに怖いのは水側からの冷却が阻害され、その伝熱面の付着部だけが燃焼ガスにより加熱させられることだ。鉄は約350℃を超すと急に耐性を失くしていく。燃焼ガスは千度を軽く超しているから、伝熱面を挟んだボイラー水の冷却がなければたちどころに亀裂が入ったり、焼損を起こす。高温といっても、ボイラー水や蒸気はせいぜい180℃ぐらいのものなのだ。

 さて、この軟水器、家庭用では活性炭やフィルターを利用しているが、ボイラーでは高分子樹脂や塩を使う。塩は塩水にして、この軟水器の中に通水させるのである。軟水器の中には高分子樹脂が詰まっている。塩水はナトリウムイオンに分離して樹脂に吸着している。この粒状の樹脂に水道水が流れると、水道水の中に溶け込んでいるカルシウムやマグネシウムのイオンがナトリウムイオンの代わりに吸着されていく。これをイオン選択性による置換、軟化という。

 しかし、吸着もある程度の限界があるから、いっぱいになったイオンは洗い流す必要がある。これを逆洗という。ナトリウムイオンはボイラーには害がないが、樹脂から無くなれば置換が起きなくなるので、再び補給する必要がある。だからボイラーマンにとって食塩は、漬物屋の塩と同じぐらい大事なものである。

 大きな丸いプラスチック容器に、塩袋から取り出した食塩と水とを長い棒で、櫓を漕ぐ船頭のようにかき回していると、次第に塩が溶けて高窓から降り注ぐ斜光が容器の底に射し込んでいく。そして白い懸濁が晴れ渡って行くような溶液の中の、きらきらと水中に塩片が舞う渦巻に見惚れてしまい、私がボイラーマンであることを、いっ時忘れてしまうのである。

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