anehako’s diary

ノート代わりの下手な駄文を書き連ねています。書き替えも頻りで、

松沢日記 39

松沢日記 39

薬剤科の純水装置のメンテナンスに来院した三菱ケミカルの技術員と立ち話をしていて、さらに「超」の頭文字のついた超純水というものがあると聞き、そんな水はいったいどんな所で使用しているのか尋ねてみると、半導体バイス、液晶ディスプレイの洗浄水、注射用水、輸血剤などに使われているのだという。もちろんそうした機器は、高性能になって精巧になればなるほど高額になる。彼の話を聞いているうちに、我々の扱う純水装置でさえあれこれとメンテナンスが大変なのに、その超純水装置ならば仕組みも操作も込み入って、維持管理の手間もさぞかしかかるものと思われた。

 純水はたくさんの物を溶かすことができる性質がある。我々には溶けたミネラルがいっぱいある方が美味いのだが、不純物はもちろん、その溶かす力を最大限にするために純度を上げて行き、限りなくH2Oに近づけたのが純水であり、あるいはさらにその上にランクする超純水である。しかし一方では純水は飲んでみると実に不味い。無味無臭、人間でいえば人畜無害の輩とよく似ている。それは戦闘的な牙を滅多に出さずにいる、あるいは出さずに済まされている私のような人間のことかもしれない。

 どこか古本屋の店主みたいな気難しい顔の責任者がいる、薬箱や収納台車のたくさん並んだ薬剤科の奥の部屋にその純水装置がある。私たちにはそれを何に使っているのか詳しいことは知らないが、一旦、故障の警報が鳴れば設備員として対応を求められる。我々のいる防災センターの監視盤と繋がっており、装置の不具合や故障が起こると各センサーが働いて信号が送られてくる。製造水の圧力、流量、水質、RO膜やイオン交換樹脂の劣化と、監視されているポイントは様々である。

 純水の性質は普通、電気の通りにくさである抵抗の逆数、すなわち電気伝導率(ジーメンス)で表す。そして大概は、活性炭のプレフィルター、イオン交換樹脂、RO膜(逆浸透膜)を通して純水をつくる。有機物や微細粒子は活性炭で、電荷を持った物質はイオン交換樹脂を使い、反対にイオン化していない物質はRO膜で除去する。電気伝導率でいうと、RO膜では0.5~1mS/m程度、イオン交換樹脂ではさらに水の純度が上がり0.1~0.2mS/mの純水が作られるという。因みに、不純物をまったく含まない理論純水は0.0055mS/mになる。これは電気を通さない。

 RO膜は逆浸透膜といって、超微細な孔を持っている。しかも原水をフィルターに通すと、ほぼ水分子だけを通過させて細菌類やウイルス類、有害化学物質を通さず、廃棄水として排水するものだ。このRO膜を挟んで容器を区切り、純水と水溶液をそれぞれに入れると水位の差が出てくる。水溶液側の水位が高くなる。不思議だ。そしてその時の水位を浸透圧という。あたかも濃度を薄めようとして水だけが濃い側に移動して行く。逆に、ポンプなどで水溶液側にこの浸透圧以上の圧力をかけると、純水側へRO膜で漉された水の移動が起こる。

 その昔、ガラスや金属の容器がなかった頃、ヨーロッパでは豚や羊の膀胱にワインや塩水を入れて保存していたが、これを水中に放置すると膀胱の中のワインや塩水の容量が次第に増えることがわかっていたという。これがまさに正浸透現象だ。だからもしこの中身に何らかの方法で圧力をかけてやれば、逆に水だけが分離され袋の外に染み出してワインや塩水の濃度は濃くなって行くはずだ。逆浸透というやつだ。

 現在はその膀胱の膜が人工の高分子膜に代わり、その孔は電子顕微鏡でも見えないくらい微細になっているというではないか。なるほどメンテをさぼるとすぐに詰まるはずである。そしてこの純水装置のRO膜、独占市場で一本が40万円もする。我々の装置には四本ついているから新しく交換するだけで160万円かかる。殿様商売になるわけだ、三菱さんよ。