anehako’s diary

ノート代わりの下手な駄文を書き連ねています。書き替えも頻りで、

酔言  25

酔言  25

突然、胸が詰まり目が潤んだ。こんなはずではなかった。明日、長年住んだ部屋を住宅公団に明け渡すということで、一月前から少しずつ引越しの準備をしてきたが、引越し先から荷物の何も無くなった住み慣れたこの住宅に戻り、最後の明け渡しの清掃を終わらせ、フローリングやなげし、色褪せた敷居や取手に、そんなことをする必要はまったくなかったのだが、あらためて艶出しのニスを塗っていたとき、こみあげて来るものがあったのだ。

 私はおそろしいほど住む場所にこだわりのないはずであった。屋根があればどこでもいいと思っていた。今も心の底は同じのはずだ。心地よく住むための環境、そういうことに心がさっぱり向かないのだ。むしろそうした心の動かし方に罪悪感を感じるところがある。それはおそらく、若い頃、自動車期間工で、寮住まいを点々と繰り返し、それが私自身の本質、煩わしさと心地よさ、あるいは人間の本来の姿だと悟ったところにあると思われる。定住、定職は死と思っていた。

 しかし、私のこみ上げてきた感情は懐かしさや転居への感傷とは違っていたと思う。