anehako’s diary

ノート代わりの下手な駄文を書き連ねています。書き替えも頻りで、

松沢日記 36

松沢日記 36

予想もしないことが起きたときに、そこに関わった人間の質がどうしたって現れてしまうものだ。もしかしたらその時、過ぎにし月日の一筋のかなしみにも似た、私自身の醜態を曝け出してはいなかっただろうか? 

 傍らにいた他人のように、心配に慌てふためき、むやみに怒ることは辛うじてなかったが、心の隅に、現実との乖離を常に感じ、夢の中のような他人の騒がしさと、その夢に似てしかし夢よりも早く覚めてしまう馬鹿馬鹿しさに、じっとその場にたたずむ私がいた。悪くいえばすべてに人ごとなのである。そして私の醜態とは、この人ごとというかたくなな秘密を他人に知られてしまうことの意である。しかし、もちろん無関心ではない。少なくとも人ごととは、私は設備管理責任者の一人であるのに、だ。ふと、この国の政治における国民の態度を思い浮かべた。

 これは他人が真剣になればなるほどそこから引いてしまう、あるいはなんだか警戒してしまう私の性癖にもよるのだろうか。人の熱意や感情の嵐には引き込まれまいぞと、そこから距離を置き始めるのである。あるいはこれは、相手にかってなことはさせないぞという、私の形の変えた外界への戦闘態勢なのかもしれない。これらは反面教師としての育ての母からじっくりと仕込まれたものであると思っている。

 実は、私自身の内からの情念や感情に対しても同じことが言えた。その時に、私自身を切り離す回路が自然に作動し始めた。いつも感情の嵐はけして長く続かず、そうであれば信頼するに値しないものと思われた。だから峠にさしかかれば、敢えて足を止めてぼんやりと麓を眺めるように、私は自分自身から、いや全てから離れる訓練をした。

 昨日も病院中が大慌てであった。新館以外の水道水が、あれよあれよという間にその水圧を落として断水してしまった。トイレの水が、手洗いの水が出ないぞ、と各所より私たちの設備に苦情の連絡が来始めた。最初、原因が分からない。断水した水道水の系統は古い配管図しかなく、広い敷地の地中をどのように這い回っているのかよく分からないのだ。しかし、水は来ないのだ。原因があるからこうした現象が起こっているのであり、それぞれの関係者が推測で勝手なこと言い始めていることと、隠れた真実とはおそらく関係がない。因果関係の錯綜を確かめて、真実をあぶり出すことが必要である。

 この断水した、敷地の端にある南給水系統の加圧給水ポンプを調べてみたが異常はなかった。分散した地中にある配管の止水栓を止めながら、水の流れと様子を探った。その途中、やはり敷地の隅で、フェンスを立てて更地工事をしていた現場を覗いてみたら、作業員が慌ただしく走っているのが見えた。停止したパワーシャベルの先に水溜りができて、そこから小川のように水が流れ出していた。穿たれた地中から古い配管が顔を出しており、水が溢れ出していた。そこに居た若い女性の現場監督に、機器を水道配管にぶつけたのかと聞いたら、そうなんですとあっさり答えた。慌てふためき連絡をする間もなかったのか、あるいは私のように何事も人ごとであったのか、その冷静な様子に拍子抜けをしたが、原因が判明したことで解決が見えてきた。

 病院敷地の地下を水道管がループのように周りに繋がっており、地上には撤去されて建物はないが、破れた水道管がその本管から分岐した枝管であったことが幸いした。そして別系統の本館側から配管の系統を繋ぎ、とりあえず水圧をかけて、旧館側の水道水に供給する緊急処置をおこなった。工事側の汚れた水が逆流していなかったことには助かった。南系統には、警備の厳しい医療観察棟やリカバリー病棟、事務所、体育館などがあり、また炉筒煙管ボイラーは給水不安があるので停止させることにした。