anehako’s diary

ノート代わりの下手な駄文を書き連ねています。書き替えも頻りで、

ガードマン (24)

ガードマン (24)

私はジャグジー風呂でほんのりと温まった後、湯船から上がると今夜の同僚とは別れることにした。まだ選手たちの昼間の足の臭いが残るウレタンマットに足を滑らさないよう、誰もいなくなったメインプールに一人向かった。50メートルの水路が横に10列並んでいた。水面に浮いたコースロープでそれぞれのコース分けられている。4000人の収容可能な観覧席が、天窓のついたドームの中に、巨大な暗幕のように、プールの両脇へ黒々と迫り上がっているのが見えてきた。10メートルの高さの飛び込み台が奥に仄白く浮き上がっていた。照明のとっくに消えた深夜の競技施設は、昼間の競泳大会の時とはうって変わって、まったく別の顔をしていた。

 見上げた天窓から落ちてくる、小さく清浄な光りのつぶてが、縁側に置き忘れたたらいの底の、降り残った雨水の円やかな鏡の中へ、ふたたび微小な命を宿して輝くように、深水3メートルの長水路の、観客席の夜のすそ野に広がる水面に、あるかないかの微かな淡い光を散らしていた。私は全裸になり、足もとで暗く湛える冷たい水にそっと入って行った。

 水深を保つ為の、水際にある排水溝に吸い込まれてせせらぐ音が寂しく、闇の中に断続的に聞こえてきた。しかし、水面の遥か頭上には、窓から差し込む月明かりの下で、昼間の観客たちの湧き起こる歓声が、なおもざわざわと漂っているようだった。肉体から離れた観客たちの気は、いつまでもこの空間に閉じ込められて逃げ場を探しているかのようだった。私はその宙の残響へ、上方に向かって目を凝らしてみた。しばらくすると、そのざわめきは水に浸ってちょこんと頭を突き出した私のところにも、静かに降りてくるようだった。私は少し怖くなって、水中に潜んだ。