anehako’s diary

ノート代わりの下手な駄文を書き連ねています。書き替えも頻りで、

アムステルダム 2 (9)

  私は仕事前のいっ時を、よく運河沿いの仕事場に近いパブに座って、こうしてあたりがすっかり暗くなるまで、街の表情や通り過ぎて行く人々を、ただぼんやりと眺めていた。たまたまシベリア鉄道を陸伝いにここまでやって来て、ふと遥かな極東の日本を思えば、列島自体が嘘の思いやりと、じめじめした人間関係の湿り気の中で、その自縛する窮屈な四肢をもがいているようで、振りほどこうにも、それは生まれながらの宿痾のごとく、思い出すだけでたちまち気分が滅入ってくるのだった。

私は日本に帰るつもりはなかった。気がつくと、暗く山影のように連なるアパルトマンの屋根の上に、突こつと突き出た教会の尖塔が見えていた。そして衰えながらも逃げ遅れた夕陽が、小さな日溜りをつくって、尖塔の上部の小さな石壁に弱々しく貼りついているのが見えた。どこの国でも、かげろうの春の陽の傾きは早い。だが日々にいや増す春の気配を感じつつ、陽の翳りに刻々と変化するこの街の豊かな表情に、私はいつも癒され、しかも妖しく幻惑されていた。